槇原敬之さんの「世界に一つだけの花」に唄われているように、私たちは教わったわけでも強制されてわけでもないのに、比べながら生きている - しかも、なぜだろうと感じながら。

もしかすると、自分の中の不思議な自分というその感覚は、感じる時期が違ってもみんな同じなのではないかと思います。だから、あの歌が胸に響くのですね …

 

比べることで分かる、自分という存在

自分のためにならないことまで比べたがることがあるのは、いったいなぜなのでしょうね。

何故そうなのかは分かりませんが、「比べる」というのは「同じでいたい」という安心のため、そんな気がします。
同じでいると何故安心なのか、それもよく分からないのですが、「違う」ということにストレスやプレッシャーを感じることがあります。

そしてその一方で、「比べる」というのは「違う」という安心のため、そんな時もあるのです。
人はどうあれ自分のあるがままを見てほしい - 誰かと同じとか違うとかではなく、これが私なんだという、あるがままを受けとめてほしい - そんな時には「同じに」扱われることにストレスや不満を感じることがあります。

 

自分でも自分がちゃんと分からない… どんなふうに自分を伝えたらいいか迷うことがある、私にもそんな時代があって、その分からなさがクリアできないでいるときほど一生懸命比べていたような気がするのです。

誰か自分でない人や、何か自分のものでないものと比べようとすると、自分では望まない答えになってしまうとか、自分でも思っていないようなところに向かってしまう - それに気がつくのにさえ時間がかかってしまうものです。

必ずしも時間がかかることが悪いということではありません。
けれど、もしその遠回りのために、たどり着きたい自分を見失ってしまうことがあるとしたら… 少し、助けてやりたいものだと感じます。

20代前半の若い仲間と向き合うときには、転んでもしっかり自分で立ち上がるんだよと、歩き始めたばかりのわが子を見る親父の感覚になって見守っていることがあります。

そして私自身、そんなふうに若い仲間を見ていて気がついたことがあります。
それは、どんな目的のためであっても、私たちは自分を確かめるために比べているんじゃないだろうかということ。

そしてもし、自分を確かめることを忘れて、比べることに心を持っていかれてしまいそうになったときには、自分に還る素直さを - 比べはじめたときの、素直な最初の自分に還る勇気を思い出さなくてはいけないのだなということです。

 

今日のあなたを愛せるように。

既婚、未婚にかかわらず、20代、30代、40代、50代・・・・と年を重ねるにつれ、自分の人生はこれでよかったのだろうか、もしもあのとき別の道を選んでいたらと、ふと思ってしまう -。そんな悩みから、人に言えない心の痛みを感じている人は、きっと多いと思います。

そんなあなたにまず知ってほしいのは、そもそも誰の人生においても、失敗はないということです。

(中略)

なぜなら今のあなたの人生はすべて、あなたの本質=魂が「あなたをより幸せに成長させる」ために望んだベストの結果なのですから。

ですから、どうかあなたの今の人生を素直に認めて、すべてを丸ごと肯定してあげてください。

出典:井上 裕之氏著・
がんばり屋さんのための、心の整理術 (Sanctuary books)

私たちは、いくつになってもそんな迷いとか痛みを感じることがある。
迷いとか、痛みの中にいたいと思うことはないはずですが、自分の「すべてを丸ごと肯定する」ということが簡単にできないこともあります。

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そんなときは、「自分の人生はこれでよかったのだろうか、もしもあのとき別の道を選んでいたら」と迷っている自分は、そもそも、今の自分を否定したくてこんなことを考えはじめたのだったかな? と、ダメ出ししてみるのです。

なぜならその時の自分は、自分を「誰か自分でない人や、何か自分のものでないもの」と比べはじめているからです。

 

「自信」という言葉 - 自分を信じるということは、自分を知ることからはじまる、そのことをしっかり意識したいのです。