「何のために働くか」- そこにあるジェネレーションギャップ

組織改革を進める会社の中にいて、特に自分よりも若い仲間たちに仕事を教えたり、自分の仕事を引き継いでもらったり、そうした上で若い仲間たちの仕事環境を考えたり・整えたりという新しい仕事に取り組んでいるのですが…

自分の生きがいとかやりがいをどんなこと・どんなところに求めるか - それはつくづく大切なことなんだなと感じることが増えているような気がします。

だからでしょうか。
「何のために働くか」の意識が日増しに強くなっているのです。

 

今いる組織は自分にとってどんなもの?

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組織改革の中で

古い組織や手順、お互いの立ち位置や責任関係の中にいたときには「今のままでは…」と感じて、あそこをこうしたい・ここをこうするべきだろうと考えたり、議論したりしていたはずなのに、部署の構造を変えたり、所属部署や担当の仕事を変えたりすることには強い抵抗を感じることがある。

なのに、あの頃口にしていた組織や仕事に対する「べき論」は何だったのだろう?? そう問われても答えることができないなんてケースを見ると、普段の私たちはずいぶん無責任な責任感の持ち方をしているんだなと変なところに感心することもあります。

先輩世代に見ていた仕事観

そんな一方で思い出してみると… 私の父親の世代は、仕事は - 「自分の生活のため」にではなく - まず人のためにという切り口から捉えるべきだと言っていたものでした。
本音の部分でどう思っているのか聞いたことはありませんでしたが、よくそう言っていたものでした。

そして、「人様のために、与えられた仕事こなす者。求められた責任を果たす者」というニュアンスで公僕という言葉に誇りを感じ、口にしているような人でした。

その父の人生観は - これも細かく聞いたことがあったわけではありませんが - 与えられた仕事の中には定年というものもあって、その求められた時間をかけて尽くすのが仕事だという感覚もあったように思うのです。

定年までは与えられた仕事の与えられた責任を果たし、定年後は年金で暮らす - 今思えば、ずいぶん恵まれた穏やかな人生観・仕事観だったのだなと感じます。

父や父と同年輩だった母の兄(私にとっての伯父)。彼らの仕事でのやりがいってどんなものだったろうかと思います。
二人が公務員だったこともその理由かも知れません。私が勤めているのは外資系の私企業ですから。

父たちの仕事観が「世の中が求める仕事・多くの人に必要とされる仕事」というものだったとすれば、公私の違いなく「社会に尽くすのが仕事」というのが私の世代。私より一回り二回り!? 若い仲間は何を求めて仕事をしているでしょうね。

 

考えてみると私が所属している会社では、会社が社会に対して何を提供しようとしているのかを確認しようとする議論とか、会社が社会に対して役割りや責任を果たすにはどうすればいいだろうというディスカッションを持つような雰囲気が希薄かも知れません。

そうした雰囲気がなければいけないか? と言われるとそうとも言えない気はします。けれど、なくていい! とも断言できそうもありません。

そもそも、「何のために働くか」の意識は私の世代のものだとも感じます。
そうした定義・縛りがないと? だめな世代?? のような気がしますから^^;

 

何を求められているのかはっきりしている方が仕事がやりやすい… なんていう言葉に出会うと、私の世代などは「指示待ち症候群」か!? なんて思ってしまうのですね。
「問題意識を持って仕事に取り組んでいれば、やるべきことは自ずと見えてくるはずだろう」なんてね^^;

私より先輩の世代は特にそういう捉え方をする人が多いというのも事実です。

 

今私が感じている仕事観 - それはみんなに共通のものではない! という感覚が強いです。

父親の時代は、自分がどう考えているかということより、社会から何を求められているかという角度から生まれる仕事観・責任感で、今のような個性とかバリエーションというものに対する許容範囲が狭かった。みんなが同じように考え・同じ技術を持つことが求められていた - 言ってみれば社会的なコンセンサスが取れている度合いが高かったような気がします。

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社会的なコンセンサスはいつしか外圧と捉えられるようになっている - つまり、仕事を求める視点が変わったしまっているのですね。

だからなおさら、今の私の若い仕事仲間たちはコミットメントもコンセンサスも必要だと思いながら、それをどう実現すればよいのかに迷っている… そんな気がするのです。

さて、彼らをどうサポートすればいいでしょう?

 

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