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自分の仕事のタイプはどちらだろう -
「取ってから考える」か、「作ってから届ける」か

「仕事をどうやるかは取ってから考えれるものだ」
という考え方と
「自分たちの技術を磨き、提供する製品・サービスやコンセプトをしっかりと完成させてから仕事、あるいは顧客に対応するべきだ」
という考え方

みなさんの仕事はどちらのタイプでしょうか?
みなさんはどちらの感覚で仕事をしていますか?

サラリーマンの立場であれば仕事感、会社を管理・経営する立場であれば経営方針とか経営理念とかいうことになるように思いますが、普段意識されることはありますか?

ちょっと考えると…
「取ってから考える」- 言い換えれば、「どんなタイプの仕事にも対応しよう」というのは、顧客からの注文で成り立つ、受注型の仕事
「自分が提供できるもので勝負?する」のは、特定の製品を作って届ける製造業型の仕事
そんなことが言えるでしょうか?

両方のタイプに属する仕事もある??

私が従事している翻訳という仕事。
どの部類に属するかというと… 実は今は、どちらとも言えるのですね^^;

たとえば…

  • 納めたものをそのまま使ってもらう
    ➡︎ それを「製品[A]
  • 納めたものをさらに加工して使ってもらう
    ➡︎ それは 「製品支援」あるいは 「制作支援
  • 納めるものはクライアントの仕事の材料 あるいは 補助となる場合
    ➡︎ それを 「サービス[B]

と呼んでみると…
[A]タイプは出来上がった翻訳をそのまま印刷して出版物として使う、あるいはウェブにアップロードしてみんなに読んでもらうレベル。

[B]タイプは、たとえば、原文に何が書いてあるかが分かればよい… 内容把握を助け、その使い方や仕上がりレベルを判断するする作業を支援するレベル。もしかすると、そのままでは人様に読んでもらうことができないという場合もあるかも知れません。

創造性(クリエイティブさ)を売りにしていた翻訳という仕事は[A]タイプに属するものと、長いこと考えられてきました。

それが、[B]タイプ寄りのものも納品物として求められるようになったのは、やはりインターネットの普及・発達とコンテンツ(情報となるテキスト)をいかに短時間に投稿するかという情報の世界の需要の変化によるものでした。
この時点で、翻訳というもの - もう少し思い切った言い方をすれば、”正しい日本語” というものの枠が大きく広がり、”こうでなければいけない” という合格ラインがなくなったのです。

こういう文章を書く! - 「自分が提供できるもので勝負?」する - といっていた翻訳は「製品」を目指していたはずですが、分かればいい! 早く伝えられなければ意味がない! という文章も求められるようになってみると、どんな文章も書けてこそ翻訳だ! と言われるようになってきたのです。

 

仕事のタイプにこだわるのはなぜ?

自分の仕事 - どちらのタイプに属するだろう?
何よりそのタイプは、仕事や扱っているものの種類、自分の立場によって決まってくるものと言えそうですね。

そもそもなぜ、そんな仕事のタイプなんていうものが問題なのでしょう? 仕事には “やりがい” とか、”達成感” - いわゆるモチベーションが求められるからですね。

もちろん、仕事観 には色々なものがありますから、やっぱり、どれが正解ということはないでしょう。正解というのだとすれば、取り組む私たちの人数の分だけ正解があると言ってもいいはずです。
ただ、「いい仕事がしたい!」というような、仕事に対するこだわりが芽生えたときから、自分はどんな仕事に満足できるか… が重要になると言ってもいいでしょう。

 

私が所属している会社は依然として組織改革の取り組みを続けていますが、そんの活動に影響されているでしょうか、自分の仕事感を考える機会が増えています。

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会社が(私たちに従業員に)求める仕事 vs. 私たち自身が求めたい仕事
そのふたつがうまく重なっているだろうか… そんなふうにです。

会社が “従業員を雇う費用対効果”? を求めようとするのであれば、そして、これまで語ってきたように翻訳力はバリエーション豊かな対応力 - どんな文章でも書ける力が求められるとしたらなおさら、「自分はどんな翻訳がしたいのだろう・どんな翻訳ができるだろう」と考えることになるのです。

仕事に取り組む人間のモチベーションが高いほど、よい仕事に結びつく - そう思うから、もう少し、自分の求める仕事のタイプを探してみませんか?^^