健康は一日一日つないでいくもの

私自身には記憶のない、私が生まれて間もなくかかったという病は、肋膜炎を併発した結核性脳膜炎だったとか。

入院は数が月に及び闘病はおよそ1年という生い立ちも、痛みや治療の記憶の片鱗さえないのですが、学校で健康診断のレントゲン撮影を受けるたびに肺に大きな影があると言われましたし、親戚の叔父・叔母がみんなでそのことを話しにしていました。特に、当時僕を看護してくれた看護師の方に引き合わされたことがあったのですから、私の生い立ちだったのは確かなのです。

 

思い出してみれば、「既往」という言葉を知っていたのもクラスの中で私一人。風邪を引けばいつでも自分の喘鳴(ぜいめい)を聞きている。そんな小学生時代を過ごしたことを覚えていますが、あとになって聞かされた話では、その病は当時、生存率3/1000と言われていたといいますから、両親もずいぶん苦労して私を守ってくれたのだなと思います。

そんな子ども時代を過ごし、その中で繰り返し自分の体のことを聞かされてきたからでしょうか。それとも私自身の性格もあってなのか、体調とか健康ということには関心は高い方なのかも知れません。

中学に進学してからは高校、大学と、勉学よりも体育会系のクラブ活動に費やす時間の方が長く感じるほどボールを追いかけまわして過ごしたのは、体が壊れるくらい自分の限界に挑め! と両親に言われたことがあったからでしょうか。それこそ、記憶にない1歳のときの病歴など意識することさえ忘れ、健康な体に生まれることができたと思っていたほどでした。

 

つまり、私の中には、自分の病歴を意識している部分と健康に暮らせているということを意識している部分の両方があるのです。

だからでしょうか、私の場合は

今日亡くなる方は世界で厄15万人います。
人生最後の日は必ず来ます。それは残念ながら、必ず、です。

もし、あなたが30代だとしたら、桜をあと50回も見られないかもしれない。
地球があと太陽の周りを50周する間に、人生は幕を閉じます。
地球が、グランドを50周する間にです。

出典:ひすいこたろう氏著・「あした死ぬかもよ?

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こうした言葉も、実感は持てないまでも、「これは自分のことなんだ」というような感覚で読むのです。

レントゲンに写る胸の白い影は今でも残っていますし、指摘を受ける前に自分で申告するようになっています - 既往歴を問診票に書いているのですから、この申告はいらないはずですが^^; 。

そうやって、自分の体は今日の空気をどんなふうに受け入れているかな? と感じたりしながら、今という時間、今の自分や健康も感じられる自分でいたいと思うのです。

 

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