Do It Yourselfをそのまま訳せば「自分でやってごらん」。みんなが普段、あたりまえのようにやっていることですね。 暮らしや趣味のあれこれ、日曜大工などを通して、家族のこと、生活のことを考えながら工夫してみます。そんなあれこれを綴ったプライベートブログです。
終活
余命宣告とQuality Of Life - わが家の場合

余命宣告とQuality Of Life - わが家の場合

父と母それぞれを闘病の時間を過ごしたあとに見送ることになった私は、心身共に健康でいる間に、広い意味の Living Will を意識した暮らし方ができないものか - そんなふうに思ってきました。 自分のことは自分で考え自分で決めるんだ! という想いや意欲を持っていても、極度の貧血が原因して最後まで考え続けることができなかった・決断をくだすことができなかった母の姿を思い出すにつけ、”心身 […]
生きるということの意味 - それは私にも答えることができるはず

生きるということの意味 - それは私にも答えることができるはず

矢作さんはその著書「見守られて生きる」の中の お墓参りは「元気ですよ」という ご先祖さまへのあいさつ と題した章でこんなことを語っています。 今のあなたが持つ肉体は、あなたが生まれた家のご先祖さまが「つむいだ」結果としてこの世に存在するもの。魂の旅はそれぞれの人がそれぞれに続けるものとはいえ、この世で肉体を持つに至った感謝を欠かさないことは大切ではないでしょうか。 もうじき終わる11月23日は実は […]
ただそばにいてあげる - きっとそれが受け止めるということ

ただそばにいてあげる - きっとそれが受け止めるということ

人工透析は受けないという選択をして、余命宣告で示された残りの時間を頼りに残った時間をどんなふうに過ごしていけばいいかを考える - 義母が思い描いている明日はどんなものだろう、そう思います。   一点を見つめている - それが決心というもの 私の母が、残された時間を少しでも長く生きなくてはいけないと感じて、がんの手術を受けるという選択をしたとき、母が思い描いていたのは 手術を受け → 抗が […]
80代、90代。私たちのはるか先を歩く両親のために

80代、90代。私たちのはるか先を歩く両親のために

10代、20代の若い人たちは - 私自身もかつてそうだったように - 優しい思いやりと手助けの気持ちを持っていても、どんなふうに接していいのか分からない… そんなこともありますね。 その戸惑う気持ちの中には、「できないことは助けたい」 と感じるのといっしょに、「できないんだねと思っていることを感じさせていいのだろうか」 という優しすぎる思いも混じっていることがあります。 「何でも手伝う […]
子どもに迷惑をかけないように - 短い命を選ぶとしたら

子どもに迷惑をかけないように - 短い命を選ぶとしたら

本人の意思が固く、家族も理解しているのならば… そんな言葉を交わして、義母と主治医の話しは、人工透析は受けない という義母の意思を伝えて終わったと言います。 およそ1ヶ月前、主治医が示してくれた選択肢、その短い方の残り時間を選んだ義母は、やはり潔い覚悟の人です。 私たち子どもは、その想いと覚悟をそのままに受けとめて実現できるように心と力を合わせなくてはいけないと感じます。 もう一度向き […]
子どもに迷惑をかけないように - その言葉の意味とは

子どもに迷惑をかけないように - その言葉の意味とは

家族は他人のはじまり⁈ 子どもに迷惑をかける… その言葉は、 「時間的に・経済的に子どもに負担をかけたくない」ということを言おうとしているものがほとんどだと思います。 自分が育つ時には 「長男は家を継いでその後の家族の生活が立ちゆくように、家を支えていくもの」とか、「親が高齢になれば子どもはその面倒を見て、世間的も恥じることのない生活と対面を保つもの」のものように言われ、そうしたプレッ […]
母のがん闘病 - 手術するか・しないかの選択は正しかったか

母のがん闘病 - 手術するか・しないかの選択は正しかったか

“がん切除” という選択の意味が分かってきた気がする 母本人は、”がんを治療する” 覚悟で臨んだ手術。けれどその母は、がんによって命を失うことになりました。 母を見送ってから3年4年という時間が経った今、義母が受けた余命宣告をめぐって、母の手術が正しい選択だったのかどうかが少しずつ分かるような気がしています。   母を見送って、私の中には「 […]
余命宣告 - 母のがん闘病の経験で義母を支えることができたら

余命宣告 - 母のがん闘病の経験で義母を支えることができたら

Quality Of Life は患者ひとりのものではないのです 母の選択を思い出さざるを得ない、義母が受けた余命宣告 人工透析をしなければ余命は1年から2年 - そんな診断を受けた義母でしたが、診断を受けた直後から意思は固まっていた様子。 透析を受けるために体に準備をほどこし、副作用や体調不良を抱えながら延命しても意味はない。90歳近くまで生きてきたのだから、その先の延命と言ってもたかが知れてい […]
余命宣告 - 命をどう続けることができるだろう

余命宣告 - 命をどう続けることができるだろう

腎臓の機能が低下してしまっていて、このまま何もしなければ… という余命宣告を受けた義母。 再び聞くことになった余命宣告に義理とは言え、私たちは何か助けになることはできないものでしょうか。 インフォームドコンセントは助けになるか? 重荷になるか? 余命宣告 ”人工透析をしないままでいれば余命は1年から2年。 透析にはリスクもなくはない、けれど透析を行えば、余命は5年、あるいは10年に伸び […]
インフォームドコンセント - 自分の心を守るためにも

インフォームドコンセント - 自分の心を守るためにも

「あなたはがんです」と伝えるのは思いやりか 出典:矢作直樹氏 著・「おかげさまで生きる」 と題された章でこんなことが語られています。 私たちが生きているこの現実の世界は単純に割り切れるものではなく、意外と複雑です。 例えば、「あなたはがんです」と告げることを思いやりだと考えるか、それともがんであることを伏せて「大丈夫ですよ」とうそをつくのが思いやりと考えるのか。誰にとってもがん告知という場は複雑な […]
介護・医療 - 在宅型ホスピスの記憶

介護・医療 - 在宅型ホスピスの記憶

母を見送った記憶をたどると 2025年問題という文字やタイトルを見るたびに思い出すのは在宅型ホスピスを謳う施設にいつ余命が途絶えるか分からない母を預かってもらったときのこと。 輸血なしであれば確実に命が終わってしまうということが分かっているのに、基本的には終末ケアのための施設だから、延命につながる輸血をすることはできないがそれでもいいかと確認されながら母を預かってもらうことを選んだ時私が考えていた […]
終活 - 看取りという名のそのとき

終活 - 看取りという名のそのとき

必ず来るはずの、いつ来るか分からないそのとき 「自分が自分でいられる間に二人に伝えておきたい。これまで自分のために色々としてくれ、支えてくれて本当に感謝している。ありがとう。」 ホスピスに転院してほとんどすぐ、母が私たち夫婦に向かって言った言葉 - それは母は母なりに、ここが自分の最後の場所なのだと悟ったということを言っていた言葉だったかも知れません。そして私は私で、母のその言葉を聞いて別れは済ん […]
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