『経営者の条件』- 自分を育てるヒントは自分の苦しさの中にある?

現場の仕事か、管理の仕事か?!

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会社という組織の考え・行動を決め、その考え・行動を実現する - そんなイメージがある “エグゼクティブ” という立ち位置の仕事。

その人たちが考えることも行うことも、どこか雲の上のことばかりで、自分には思いも寄らないことというイメージもあったのですが、そのexecutive(エグゼクティブ)という言葉も、”企業幹部” とか “経営者” とかではなく、”幹部クラスの人間” というように境目をぼかした訳語をあててみると、自分もちゃんとそこに含まれているね^^; というような仕事をするようになっていました。

しかも、30代40代… と時間が経つにつれて、「管理職」としての振る舞いも、意識も、求められているものも変わってきている - そのことにも気づけるようになっている。

今は「終身雇用制」というのは死語になっているのでしょうね。たぶん、名実ともに。
それでも、「ベテラン」とか「管理職」という言葉に自分はどんなイメージを重ねているかを考えてみると、あぁ、自分は終身雇用制のイメージの中で生きてきたんだなと感じるのです。

それはもしかすると、私より10歳近く若い仲間でも同じなのかも知れません。

年齢でより年長の者がみんなをまとめ世話をしなくちゃ… みたいな感覚です。お兄ちゃんなんだから… お姉ちゃんなんだからと言って育てられた子どもたちと同じですね。年相応の役割りとか、責任なんていうことが言われた時代があったことを思えば、「終身雇用制」のルーツがなんとなく想像できませんか?^^;

それでも、広い意味のエグゼクティブの一角を占めるようになったとすれば、その立場にふさわしい責任を果たせるようになりたいものです。

エグゼクティブと呼ぶにしても、「管理職」と呼ぶにしても

時間が足りないとか、現場の仕事の方がはるかに楽なんだがなと思うとか、それでも仕事仲間(部下と呼ぶべき仲間)が生き生きと仕事に取り組んでいてほしいと思うとか…
そして

そう思いながらも、思ったように責務が果たせていないのではないかと思うとか… はたまた、
これが本当に自分のやりたい仕事なんだろうかと迷うとか…

そんな自分自身、あるいは自分といっしょに同じ仕事をするようになった管理職仲間を見てきたこの1年半あまり(会社の組織改編開始からの時間)を振り返ってみると、何と戦ってきたのか・戦っているのか、何となく分かってきたような気がしています。

ドラッカー氏の「新訳 経営者の条件 (ドラッカー選書)」にこんな一節があります。

実は、エグゼクティブの置かれている状況は、彼らに対して成果をあげることを要求しながら、同時に、成果をあげることを際立って困難にしている。

(中略)

… 組織の中のエグゼクティブは、まったく違う状況に置かれている。通常、彼は、彼自身がほとんどコントロールしえない四つの大きな現実にとりまかれている。

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その4つの状況が挙げられています。

  • 自分の時間は自分のためではなく、周囲の人たちに使われてしまう時間である
  • 自分から積極果敢に自分の状況を変える行動を取らなければ、状況は好転しない
  • 人に利用してもらってこそ成果を残せる
  • 組織の中にいて、外界を知らない。ところが成果はすべて外界にある

要約すれば、その4つがエグゼクティブにとっての難題だと言っているのです。

そして私はと言えば、現場で呻吟している自分が考えていることがすべて、この4つに直接・間接にあたはまることばかりだということに気づいたのです。

 

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