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長崎県に伝わるわらべ歌だという「でんでらりゅう」。長崎の子どもたちは今でも歌っているのでしょうか?^^

関東に生まれ過ごしてきた私は「ずいずいずっころばし」は知っていますが、「でんでらりゅう」を知ったのは30歳になって間もなく。小学校に上がるか上がらないかだった子どものために買った絵本で出会ったのでした。

 

ちょっと不思議な歌なんです

物語は、父さんが娘のありこに「でんでらりゅう」の歌を唄って聞かせるところからはじまります。

出ん、出らりゅうばあ
出てくるばってん

出ん、出られんけん
出ーて、こんけん

こんこられんけん
こられられんけん

こーん、こん

出展:おの りえん 作/伊藤英一 絵・「でんでら竜がでてきたよ (おはなしランドくじらの部屋)

なんだかおもいしろい歌だね!^^ どんな意味の歌だろね?! と言いながら子どもに読み聞かせた思い出がよみがえります。

 

Wikipedia にこんな歌詞の共通語訳が出ていました。

出ようとして出られるならば、
出て行くけれど、

でも出られないから、
出て行かないよ。

行こうとしても行けないから、
行くことはできないから、

行かない、行かない。

 

長崎弁では「来る」を「行く」の意味でも用いる。

出展:Wikipedia・「でんでらりゅう

いつも使っている言葉に置き換えてもらうと分かったような・分からないような^^; それがまた楽しいですね。

 

物語も、歌詞に負けない不思議さなんです^^

白い紙にクレヨンで書いたでんでら竜。

お父さんはその竜にタブラ・ラサ - 「真っ白い紙」 - という名前をつけてくれて、娘のありさは “タブラッサが出てこないかな” と話しかけたり温めたりするのです。

紙から生まれたでんでら竜のタブラッサは、紙に描いたミルクや紙で作った果物をたべて育ちます。やがて大きくなったタブラッサは、ありさを背中に乗せて空も飛べるようになりました。

そしていつしか、ありさの部屋に入れないほど体が大きくなったタブラッサは、誰に教わるともなく、長崎が自分の変える場所だと知るのです。

「純粋」ということを思い出せるお話し

別れのさみしいお話しではありません。

純真な子どもが夢に触れて、育てていく - そんなお話しのようにも感じます。何より、私たちが触れている言葉がどれくらい複雑なものか、色々なものがくっついたものかを感じるお話しです。

私にとっては、「純粋」ってこういうことだったね!^^ と思い出させてくれるお話しです。

不思議で忘れられない歌のように

私が子どものころに唄っていた「ずいずいずっころばし」も、意味が分かるような分からないような… という意味ではいい勝負ですよね。

ずいずいずっころばし
ごまみそずい

茶壺に追われて
とっぴんしゃん

抜けたら、どんどこしょ

俵のねずみが
米食ってちゅう、
ちゅうちゅうちゅう

おっとさんがよんでも、
おっかさんがよんでも、
行きっこなしよ

井戸のまわりで、
お茶碗欠いたのだぁれ

出展:Wikipedia・「ずいずいずっころばし

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「でんでらりゅう」は大人になってから覚えた歌ですが、とても印象的だし節回しも面白くてすぐに覚えてしまいました。NHKのみんなのうたでも流されていたでしょうか?

きっと今では全国区の歌なのかもしれませんね。

その歌につないだ素朴でちょっと楽しい物語。やっぱり本場の長崎で歌われている「でんでらりゅう」を聞いてみたいですね!^^