『「自分」の壁』 - 逆転の発想で見つける自分!

探さなくても自分はいつも自分のそばにいる

スポンサードリンク

養老先生として知られる養老孟司さんの「「自分」の壁 (新潮新書)」。
私が持っている版のその表紙にかかった帯に曰く

「自分探し」
なんて
ムダなこと!

と言うことは、自分探しをしているなら、したいと感じるなら、この書を読めばいいということですね。

自分探しがなぜムダなのかが分かっているから「ムダだ!」と断言しているのでしょう。自分探しってどういうものがなのか その答えがきっと語られているはず! と思うのです。

そう考えると、うまいキャッチフレーズを考えたものだ! と思います。
究極的な? 逆転の発想… 逆転の勧めがここにあるような気がします。

それだけに、自分探しをどうやればいいのか - その答えを求めない方がいいかも知れません。
どういうものが自分探しなのか” が分かったら、あるいは、ヒントを掴んだらその答えを加工して「どうやればいいか」は自分でひねり出すのです…

教わるのではなく自分で考えるために… その覚悟で読んでみると「自分探し」の秘訣が見つかるような気がします。

戦後、日本人は「自分」を重要視する傾向が強くなりました。これは欧米からの影響によるところが大きいでしょう。その結果、個々人の「個性」「独創性」が大切だとさんざん言われるようになったのです。

(中略)

•••そのような個性は、別に「発揮せよ」と言われなくても自然と身についているものなのです。周囲がお膳立てをして発揮させたり、伸ばしたりするたぐいのものではありません。むしろ周囲が押さえつけにかかっても、それでもその人に残っているものこそが個性なのです。

そして、その次の一節に私が究極の逆転の発想と感じる視野(のひとつ)が語られています。

個性は放っておいても誰にでもあります。だから、この世の中で生きていく上で大切なのは、「人といかに違うか」ではなくて、人と同じところを探すことです。

放っておいても誰にでもある?! としても、その個性(自分)が分からないから探しに行ってしまうのですが、その個性なるものは、実は自分には必要のないものではないのか!? と話しは続いていきます。

意識に刷り込まれた、「個性(自分)」を探すことへの強迫観念のようなものがあるのかも知れないなとも感じます。ちょうど回転するコマか、ジャイロスコープのようなものがないと歩けないと思い込んでいる!? のだとするとちょっと切ない感じがしますが、養老先生が言うように、「人と同じところを探す」というのは、これもまた表紙にかかった帯に曰く

目からウロコ

のヒントだと感じます。

私の頭ではどう考えても

「自分探し」
なんて
ムダなこと!

という答えは自分で出すものだということになります。

スポンサードリンク

たとえ 「やっぱりムダだった!」という同じ答えにしか行けなかったとしても、文字通りのそのムダが必要なのが人間というものじゃないのかなと感じているのです。

わざわざ先輩が「ムダだ!」と教えてくれているのに! です^^;

さて、自分探しを諦めますか? 逆転の発想を力に仕切り直してみますか?

 

スポンサードリンク

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です