“物忘れ” のその向こうにあるかも知れないこの物語。認知症とかアルツハイマーという病気があることは、言葉として、概要を知っているに過ぎません。食べ物とそうでないものの違いさえ分からなくなってしまった母親を守るために、居間やキッチン、洗面所の手が触れるところに置いてあったものすべてを片付けたという友人の話しを聞いたことがあるに過ぎません。そしてこの物語「明日の記憶 (光文社文庫)」はノンフィクション。

けれどこの物語は、私たちに、ほんとうにたくさんのことを語りかけてくれます。

 

終わりがくるということの意味

患者本人として、家族として

「ほんとうに心配しなくていいから」
--ねぇ、私、ほんとうに・・・・・たとえあなたがどうなったって、あなたはあな・・・・・
ノイズがひどくなってあとの声は聞こえなくなった。私は枝実子に呼びかけたが、向こうからも返事はなかった。結局、会話が途切れたまま私は滑りこんできた電車に飛び乗った。

夫婦だったふたりが、夫婦として交わすことができた、これが最後の言葉でした。そうして最後に主人公は、最愛の妻さえ分からなくなってしまうのです。

 

この物語をたどる私の頭には、終末の介護・医療施設で過ごしていた母が、私と私の妻に向かって口にした言葉がずっと残っていました。

「自分の意識がはっきりしているうちに、自分でいられるうちに伝えておきたい。
これまでふたりが自分のためにしてきてくれたこと、そのすべてに感謝している。
ありがとう」

母はそう言ったのでした。

その言葉からおよそ1か月、私たちがよく知っている母 - 正気の母 - と、どこまで本気で言っているのか、何を言おうとしているのか分からないと感じさせる話しをする母とを交互に繰り返しながら、母は他界したのです。

いつかは分からないけれど、母の命が尽きるときがそう遠くはないという怖れを感じ、”そのとき” に向かって時間は留まることなく流れているということをずっと感じながら過ごしていました。

その私の感覚にとってこの物語は、”そのとき” はいつか必ずやって来ると、自分の心と体で確かめたことを思い出せてくれる物語です。重い重い物語です。けれどその重い重い物語を、患者本人の視線で語ってくれるとても優しい物語でもある - そう思うのです。

 

この物語で語られているのは若年性アルツハイマー。

がんという病気に感じていたのと、もしかしたら似ているかも知れない “いつかくるそのとき” に対する恐怖。母のせん妄、そして父のときにも現れたせん妄の症状を見せられただけで混乱していた自分を思い出すと、自分が自分でなくなってしまうということの恐怖、大切な人がその人ではなくなってしまうことへの不安は、ぼんやりとながら想像できるような気がします。

そして、そのときの自分の混乱、兄妹の戸惑いを思い出すだけでも、この物語は非現実的だ、話しがきれいすぎると映るのではないかと心配にもなります。介護退職をするべきかと悩みながら母親の介護認定と介護サービス受給に奔走していた友人のことを重ねてみればなおのことです。

  • 仕事とは
  • 家族とは
  • 夫婦とは
  • 自分とは

そして、生命とは…

最後のとき、あるいは “そのとき” を感じざるを得なくなったとき、そうしたいくつもの問いかけに答えを求めたくなるのです。しかも、自分が自分でいて、自分の心と頭で出した答えがほしいのです。

どうせいつかはこの世から消えていくのだ。なるべくきれいに消えよう。フェイド・アウトはカット・アウトのような強い印象は残さないが、そのかわりに静かな余韻を置いていく処理方法だ。
しかし、そう思う一方で、やはり思うのだ。憎しみの感情に似た激しさで。
なぜ私が。
どうして私だけ?
私が何か特別なことをしただろうか?
いくら考えても、答えはない。

人はなぜ生きるのか、人はどう生きるべきか、人生の意味とは何か。生とは? 死とは? 若い頃の一時期、哲学書を数冊かじっただけでいい気になっていた私は、そうした疑問に思いを巡らせ、答えをえようとやっきになっていたことがある。

自分に人生の意味を問うには遅すぎる時がやってきて、ようやく少しだけわかってきた。

意思表示カードをどう残すか - 私が妻とその話しをするとき、

臓器提供を拒否する意思は必ず守られるけれど、臓器提供に同意する意思を残しても、家族が反対すれば臓器提供はできない

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そんなルールを確かめながら相手の体や生命に対する気持ち、そしてそのときの思いを、父や母を見守ったときを思い出しながら話し合います。見送るということ、ふたりで過ごすということに終わりがあるということ、互いにとって互いがどんな存在なのか、そのときどんなふうに迎えられそうか… などなど。普通ならば決してしたくはないその話しは、相手が自分を見守る立場になったときの拠り所にできるようにと、延命処置をどうしたいと思うか… そんなところにまで及びます。

何より、自分で自分を話せるときでなくてはできない話しだと思うからです。

 

なぜ、何のために生きるのか - その問いを忘れないでいるだけでも、分かち合うことができるものが深く、多くなる。この物語は患者本人の視点から、そのことを感じさせてくれると思いますす。