『20歳のときに知っておきたかったこと』 - 個性を探すヒント

自分探しをしたくなる、自分探しが必要だと感じる - それは何のためだろう?

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私が20代から30代になろうかというころ、なぜか、”20代のうちに読んでおきたい本” とか、”30代のうちにやっておくべきこと” と言った意味合いの書籍がたくさんあったように感じます。場合によるとテレビ番組が組まれていたという記憶がありますが、「自分探し」のブームだったのでしょうか?

みんなが同じ “教本” を読んで学ぶとすれば、養老先生が「「自分」の壁 (新潮新書)」の中で語っていたように、”自分だけ” にしかない個性という意味の「自分探し」ではなくて、

「人といかに違うか」ではなくて、人と同じところを探す

作業が流行っていたのでしょうか??

相手を理解し、自分自身を理解する

いずれにしても、私はそういう何かを教えようとしてくれる種類の著書を意識して避けていました。書物に限らず、教えてくれる(断定してくれる)のではなく、考えさせてくれるもの - シグナルのようなもの - を一生懸命探していた気がします。

基本的にその感覚は10年20年以上の時間が経った今でも変わっていないと自分では感じていますし、この著書、ティナ・シーリグさんの「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」というタイトルにも “教えようとするもの” を感じて、本来なら手にしようと思うことはなかったでしょう。

それがなぜか、今回は読んでみようとしている。なぜなのか?

考えてみると、自分より一回りも二回りも若い仕事仲間と過ごす時間が増え、彼らに何を残してやれるだろうと考えることが増え、その思いをたどってみると、自分の中心には「どうすれば彼らに伝えられるだろう」という思いがあると感じています。それが、読んでみたいと感じた理由だろうと思うのです。

伝える・一緒に考える者の言葉を感じたのです。
今私はこの年齢になっているけれど、20歳のときには分からなかった・知ることができなかったこんなことがあるんだよ… そんなニュアンスを感じたのです。

若い仲間にどう教えるかを教わりたいとは思っていません。
私自身がそうだったように、彼らは彼ら自身で考え・選んでいくのです。教える必要などないのです - と私は思っていますから -。ただ、私自身がどんな言葉、どんな振る舞いで彼らに伝えようとしているか、理解できたらと思っています。

最初に見つけたヒント

そんな中、「絶対いやだ! 工学なんて女がするもんだ - 無用なキャリア・アドバイス」という章にひとつのヒントを見つけました。

後からみると、ほとんどの出来事や発見は、焦点が合ったように明確になります。自分のキャリアは、フロントガラスではなくバックミラーで見ると辻褄が合っている、とランディ・コミサーは言っています。この見方は、たいていの人にあてはまります。自分のキャリア・パスは、振り返ってみると、ちゃんと筋道が通っているのです。でも、将来の道はぼやけていて、不確実なことの連続です。視界が開けないとイライラしてきます。それでも、大きなチャンスが巡ってくる確率を上げるように行動することはできるのです。

「後からみると、ほとんどの出来事や発見は、焦点が合ったように明確になる」というのは、当然と言えば当然ですね。

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「将来への道」が「不確実なことが連続して、ぼやけた道」だとしても、その時見えているものを頼りに何かを選びながら歩いているだろうと思います。言ってみれば、点を結びながら歩いてきているのですから、「バックミラー」に映ったその道は1本につながった、「筋道の通った」ものになっているでしょう。

この一節は、自分のキャリアをどう捉えて発展させていくかというケーススタディの中で語られていますが、”自分+年齢=その時見えているもの” - つまり、自分の歩みとか、選び取ってきたものが自分にとってどんな意味をもつものなのかは、一定の時間を置いてレビューしてはじめて分かる… そんなことを言っているように感じます。

ティナ・シーリグさんのこの著書は、2010年初版と言いますから 古い と類別されてしまうかも知れませんが、20歳だったときの自分がどんな視点の持ち主だったかを思い出しながら、今の自分は何を見て、何を感じているのか - そんな、ちょっと角度の違った自分探しのヒントをくれる1冊のように感じています。

 

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