『仕事の哲学』- ドラッカーを理解するなら、エッセンスから

ドラッカーを理解するなら、エッセンスから

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自分を探し、仕事は納得ができるように成し遂げたい  - そんな欲張りなら大掛かりな論理よりはエッセンスがあればいいかも知れない… そんなふうに思いませんか?

エッセンスを自分なりに解読してみてから、そのエッセンスが組み込まれていたパラグラフ、パラグラフからチャプターと逆にたどってみる。ドラッカーにそんなふうにアプローチしてみるというのは、どうでしょう?^^

よりよく行おうとする欲求

他の者が行うことについては満足もありうる。しかし、自らが行うことについては責任があるだけである。自らが行うことについては、つねに不満がなければならず、つねによりよく行おうとする欲求がなければならない。
・・・『現代の経営』

出典:P.F.ドラッカー著/上田惇生 編訳・「仕事の哲学 (ドラッカー名言集)

今の私たちの言葉で言うならば、仕事にはストイックに取り組め! ということになりますね。

この言葉が綴られた「現代の経営」の時代 - 1954年と言えば昭和も29年! 日本語訳が発表されたのはそれから11年も経った1965年、昭和40年! ですから、責任とかよりよく行おうとする欲求というのはどんなものを意味していたのだろうなと感じます。

当時も今のように責任の所在とか権限の委譲というような意識が、雇われる・使われる側にあったろうかと思ったりします。もしかすると、管理者の指示に忠実に従い、その意思を正確に実現することに重きが置かれたりしていたのではないだろうか - そんな想像をしたりします。

言い換えると、責任の所在とか権限の委譲というような意識を持っている今の私たちは、当時の先輩サラリーマンたちより、より多くのものを求められるようになっているのじゃなかろうか… と感じるのです。

これは私が所属する会社に限ったことなのかも知れませんが、ドラッカーが語る「つねによりよく行おうとする欲求」を持ち、その欲求を全うするには、集中力が欠かせません。

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(現場の仕事に対応する人間の感覚で言えば… という意味ですが)

求められる責任の範囲が広すぎる、あるいは重すぎるということになれば、よりよく行おうとする前に、その重さ - ストレス - につぶされてしまいます。

 

責任を求められ、その責任を果たすんだという意気込みが仕事を前に進めるエネルギーになる - 私はそう感じるタイプの人間だけに、責任というものを正しく配分するということに意識を集中したい・してほしいものだと思うのです。

 

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