おもしろい! と喜んでいるだけでいいのかな?

こんなことをしていて(電力に頼る暮らし方をしていて)この先はどうなるのだろう? 文明の進歩とはこういうことなのだろうだろうが、その快適さに安住しているうちに次々に失っていくものがある。物を大切にする心や努力や働く喜びや感謝の念である。
(中略)
かねてから私は折あるごとにこの持論をくり返してきた。何度も「これでいいのか、いいのか」と私なりに警告してきた。だか、悲しいかな、私なんぞ物書きのハシクレが何をいっても蟷螂の斧である。

出典:佐藤愛子さん 著・「かくて老兵は消えてゆく (文春文庫)

「文明の進歩とはこういうことなのだろうだろうが…」と佐藤さんは言っています。
それは、大切なものと引き換えにして便利さを享受するためのもの、そのために進歩していくのが文明⁉︎ なのだろうな - くらいの意味でしょうか。

佐藤さんは歯に衣着せぬ語り口が心地よい作家として人気を集めている人ですが、この言葉の最後の部分はちょっと考えなくてはいけないなと思うのです。

私なんぞ物書きのハシクレが何をいっても蟷螂の斧である。

本気で世を憂いて物を書いているんだけれど、どの言葉もどこにも届かなかった - そう言っているように思いませんか? 「どこにも」です。そこには、佐藤さんの言葉を喜んで読んでいる私たちも含まれているような気がしませんか?

書いている自分も、それを読んでくれる人も含めて、自分の憂いを形にすることはできない(できなかった)と言っているように感じます。

 

 

何だか寂しくなりますね。
「蟷螂の斧」という表現が余計に切ないです。何かにつけて文句を、注文をつけたくなる自分だけれど、そもそも言っても詮無いことを言ってきた(言っている)んだ - そんなふうに読めますから。

文明の進歩の元になるような発明や開発をした人は想像しきれない、思い描ききれない未来を想像したり、思ったりすることはあっても、自分たちの発明や開発が人々の生活とか未来が今のようになる - あるいは、今のようにしたいなどと思ってはいなかったのだろうなと思えばなおさらです。

ダイナマイトを発明したノーベルは、どんなことを思いながら研究していたでしょう? あるいは、電気を光に変えようと電球を発明したと言われるエジソンは、私たち都会に住む者が、夜空の星、天の川を見ることができなくなるほど電気を光に変えて生きていると想像することがあったでしょうか?

たぶんそんなことはほとんど考えることなく、研究・開発に没頭していたのではないかと思うのです。そうしたほんの一握りの人が発明したり開発した便利さをみんなで寄ってたかって利用する。そのことと、その中で、オリジナルの発明や開発がさまざまに形を変えていく。その過程が文明なのですね
そして…

便利さ・快適さを求めるということは、何かと引き替えにすることだということを顧みないという方法、アプローチの仕方をずっと選んできたのです。
というより、何かを失いながらでなければ何かを得ることはできない - そのことを考えようとはしない、しかもそれを止めることができないのが人間なのだということに気づいたのが文明の結果だと言うべきなのでしょう。

 

Sustinability(サスティナビリティ)というのは文明が考え出した言い訳け?

「持続可能性」と訳されるこの言葉はsustainable*という言葉の名詞形ですが、どうも私には、「文明」の行く先を探そうという言葉のように思えてなりません。

その同じ環境で同じことをやりながら勝手なことを考えている! と思うのすが、私も頭の中だけでは『これでいいのか、いいのか』と考えているつもりなのです。斧も持たない蟷螂ではありますが。

MEMO:
*: sustainable (形容詞)は、[継続的に維持できる、もちこたえられる、持続可能な、耐えることができる] あるいは [環境を壊さず利用できる、地球に優しい] という意味で使われます。

 

佐藤さんの言葉をたどりながら、かつて私の母が言っていたことも思い出しました。
自動車メーカーのHONDAが初代のCIVICを売り出したときのことです。

世界中で自動車の排ガスによる公害が問題視されていた時代でした。
一酸化炭素・炭化水素、あるいは窒素酸化物のそれまでの排出量を1/10に削減する! と定めたマスキー法という法律が制定された時期で、CIVICは、このマスキー法をクリアしたCVCCエンジンを搭載していたのです。

マスキー法が発行したのが1970年、CVCCエンジンがそのマスキー法に適合していると認定されたのが1972年でした。世界中のメーカーが不可能だと言っていたレベルをクリアしたHONDAの姿勢や開発力に母がほれ込み、それまで乗っていた日産車をCIVICに変えたのも無理はありませんでした。

自動車の便利さは捨てがたいものはあるけれど、「このままでいいわけはない」と言っていたからです。それほど公害の悪化が問題視されていたということです。

 

それでも、ドイツの黒い森(シュバルツバルト)を酸性雨から守らなければ!! という世論が日本にも聞こえ、「オゾン層」という言葉をさかんに耳にするようになっていたのは1980年前後のことです。CVCCエンジンを救世主のように喜んで迎えたあとも、文明は行く道を変えることも、姿を変えることもなかったわけです。

1980年からもうじき40年。異常気象とは言っても温暖化とイコールのようには言わなくなってきた雰囲気を感じます。その間、Windowsの発展やモバイル技術の発達は、液晶パネルやレアメタル、そして何より電力に支えられています。そして今 - そろそろ古くなりつつある - 言葉がsustainability(持続可能性)です。
いったい何と引き替えにしてきているのか、それを分かっておかなくてはいけないような気がするのです。

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どこかの国ではこの何年か先以降、ディーゼルエンジンを一切使わないようにすると決めたと言います。だから、

「限界があるということが分かっているが限界と言わず持続可能性という」、そういうことはないのか、意識しなくてはいけないとも感じているのです。
こうしてブログを書く時間を支えてくれている電力と決別するような時代、そんなことを考えながら。

 

To ask for convenience and comfort, we have always chosen the way without thinking that we do not exchange a thing for something, we can not get what you want. That is the truth and the result of our civilisation.